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LWC2018〜世界マスターズ 後編〜

レース間隔が短い

この大会は種目毎に、間を置かずに予選−決勝を消化する進行でした。
ボードレースの全ての年代・性別が終わるまで順番にこなしていくわけです。
 別の年代・性別の予選を順に実施して、ひと周りしたら決勝を順に実施。
中には参加数が少なくて予選ナシ1発決勝の年代・性別もあったので、
僕の決勝がいつ召集されるのか、時間は全く読めませんでした。
そのまま召集場所の近くで待っていました。
そのあいだに予選を振り返りました。
スタートがうまくいき先頭争いができたこと、
ブイ間違いに気づいた時点で目測したトップとの差と、ゴール前での差が開いていなかったことから、
同じヒートの上位陣とはパドル力に差はなく十分勝負になると思いました。
ならば決勝でも前の方で戦えるぞと自分に言い聞かせました。
僕は正規距離約600mのコースを想定して練習を積みました。
短縮した約370mでは瞬発的な力を出して前半から飛ばさないといけないので、
練習で刷り込んだペース配分は使えません。
スタートから前半で苦手な瞬発力を出し切ってあとはくたばるまで漕ぎ切るのみ、という方針に。
召集場所周辺で15分ジョグをして、篠田くんから送ってもらったサプリメントをアドバイス通り摂取したら予選直後の物凄い疲労感もうまく抜けました。
待つこと30分、決勝の召集が掛かりました。

いざ勝負!

召集に集まったのは15〜16人。
マスターズ大会では大体の選手が個人種目を複数エントリーしているので、
自分が力を入れる種目に備えて2〜3人が棄権したようです。
僕は8コース。ちょうど真ん中でした。
第1ブイを正面に見る好位置。
メダルを取るぞ!
と気合いをいれました。
予選のときより潮が満ちてきていて、スタート直後の水深がやや深く、少し行くと浅くなる地形になっていました。
水深が浅くなる位置でいったんボードから降りて、走るかバニーホップという手技を使うようだなと考えました。

スタート。
最初の深みをやり過ごし、浅くなったところでボードから降り、バニーホップでいけるところまで進みボードに乗り直しました。
数漕ぎして周りに視線を送ってみると左右に4〜5人いました。
さあここから先頭争いだぞ、と思ったところで沈(転覆)。
夢中になって、漕ぎ方の良くないクセが出てしまいました。。。
また頭が真っ白になりましたがすぐにボードに乗り直し再スタート。
沈してもたついてるあいだに後ろから追いついてきた選手に左右を囲まれてうまく漕げず、
先頭集団を追いかけることができませんでした。
第1ブイではビリ争いの数人の固まりの中の更にビリ。
回航する白黒ブイの間隔は17m。
ここでは前を抜かしにかかるだけの距離はないので、渋滞したように列をなしながら最後尾でブイを回航して
そこから波打ち際までの170mで抜かしに掛かるしかありませんでした。
もう必死になって呻きながら漕いで4人を交わしてゴールしました。
数日後から始まる国代表が争う世界大会で審判を務めるために現地入りしていた、
兄と慕う平藤さんが応援してくれていてゴールで僕を迎えてくれました。
ゴールした順に一列に並びましたが、レコーダー審判は下位の選手まで着順札を渡してくれませんでした。
他の種目・年代などでは全順位を記録しているのを目にしていましたが、自分のゴール後は疲労困憊でボーっとしてしまい気づいたら順位を確認されないまま解散していました。
なのでゴール後に自分の順位は分かりませんでした。
スタートラインに立った15〜16人から、ビリの位置から抜かした人数の4を引いた11〜12位あたりだろうと思いましたが、あとで公式結果を見ればいいや、と。
結局公式結果は、予選結果を削除し、1〜8位だけ反映した決勝のみを掲示しています。
予選に出た選手が、この結果表ではDNS扱いになっているのも寂しいです。
公式結果に順位を残してもらいたかったですねー。
そこだけ残念です。

オーシャンマンも決勝に出たい

力を入れていたボードレースでしくじってしまい、放心状態になりました。
しかしまだオーシャンマンが残っていたので、クールダウンをしながら召集を待ちました。
そして召集。
事前発表ではボードレースの予選と同じく3ヒートと発表されていましたが、
召集場所に集まったのは21人。
事前のヒート分けに則ると、ヒート毎の人数がマチマチになるようで、その場で10人と11人の2ヒートに組み直されました。
僕は第1ヒートの4コースに。
10人中8人に入れば決勝です。
それなら決勝に出れるんじゃないかと思いました。
元はオーシャンマンは予選通過は無理だと思っていましたが、せっかく来た世界マスターズ、
ひとレースでも多くやりたかったので俄然やる気になりました。
そうこうしているうちに数人の選手が、予選をやめて全員で1発決勝にしようと言い出しました。
僕にも「お前はどうだ? 」と聞かれたので、勢いで「いいねー」と返事。
審判のひとたちが3〜4分相談。
よし、そうしよう、ということになりました。
もしかしたら2レースできるかもと思っていたので僕はちょっぴり残念に思いました。
しかし何にせよ決勝に出れるわけです。
それはいい事だと気持ちを切り替えました。

オーシャンマンのゴール後の整列
オーシャンマンのゴール後の整列
いよいよ最後のレース。
オーシャンマンの競技順は、スイム-ボード-スキー-ランでした。
僕はライフセーバーの中では泳ぐのが遅いです。
なのでボードとスキーで追い上げる展開しかありませんのでそのつもりに。

スタート。
スイムは故障を抱える左肩の違和感もなく自分なりにしっかり泳げました。
しかし予想通りビリに笑
2番目のボードは自信があったので頑張りどころ。
3人交わしました。
3番目のスキーは、今回に向けてはほとんど練習しませんでした。
でも通年で漕ぎ続けているのでなんとかなるだろう、と。
借りる予定のスキーが間に合わず急遽、神戸LSCの尾田さんのご尽力で借りられたスキーを使いました。
普段乗らないタイプの艇だったので前半少し慎重に入り、ブイ回航あたりからペースを上げて2人交わして上陸。
最後のランは元気にゴールまで駆け抜けられました。
21人中16位。

ボードレースもオーシャンマンも、サーフレースもサーフスキーレースも、
世界にはアラフィフ同年代で
こんなにたくさんライフセービングスポーツを楽しんでいる人がいることが分かってとても嬉しかったです。
翌日のリレー種目では、個人種目には出ていなくてリレーだけ出ている人もたくさんいて、会場は選手で溢れていました。
日本でもこうなったらいいなぁと思いました。
オーシャンマンのときはJLAの入谷理事長始め平藤さん、ハンドラーも務めてくれた神戸LSCの尾田さん吉田さん北川さんの応援があって、レース中とても楽しかったです。
ブログに使っている画像のほとんどは入谷理事長が撮ってくださいました。
ありがとうございました。

春に肩を故障。
それでも棄権するのが悔しくて出場した6月のオーシャンマンではクロールができなくて溺れたような泳ぎになり、
秋は、故障の治療からようやく動かせる段階になった9月、また棄権するのが悔しくて出場したオーシャンマンで練習不足でフラフラになった、だらしないレース。
今年3回目でやっと、なんとかレースっぽい感じにやれました。
本当は春と秋のレースで少しずつステップアップして、この世界マスターズに臨む皮算用でした。
しかし故障を抱えてまるで練習できない期間が長引いて、
すっかり「取らぬ狸の皮算用」となってしましました。
しかし9月から、愛知LSCの堀尾くんの勧めでコウノエベルトを使って練習したり、
ツイッターで知ったコンプレフロスバンドを使って故障箇所のケアをすることで、
日に日に練習強度を上げることができました。
一緒にボードの練習に付き合ってくれた専大後輩の大場くん、日体大LSCの橋本くん井田くん、
熱川LSCの野間口くん、
ほかスポットで練習に付き合ってくれた皆さん、ありがとうございました!

コンプレフロスバンド これ無しでは世界マスターズ出場はなかった
コンプレフロスバンド これ無しでは世界マスターズ出場はなかった
世界大会のオーシャン種目で、日本人の男子はまだ個人のメダルを取っていないはずです。
ボードレースの決勝前に目標を固めました。
マスターズではありますが、初めてオーシャン種目の男子個人メダルを取る、と。
そして、数日後にレースが始まる日本代表のみんなにエールを贈りたいと考えてました。
こんな僕でもやれた、みんなならもっとすごいことができる、と。
力及ばずその野望は未遂に終わりました。
しかし、
ボードなら同年代のオーストラリア人と良い勝負ができそうなことが分かったので、新しい野望ができました。
その野望に向かってまた日々楽しく多摩川で漕いで暮らしていこうと思います。