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野生の風みたいに強い心が欲しい ~Molokai Challenge 2015参戦記~

強い心で海峡を渡りたい

ポートロック
ポートロックに近づいて進みました

強い心で最後まで漕ぎ切る。

そう心に誓って臨んだ4回目のモロカイチャレンジ。

結果は5時間26分28秒、一人乗りサーフスキー部門53位でした。

約53kmを終始、強い心で漕ぎ切れたかというと、

正直にダメだったと言う他ありません。

でも困難からは逃げなかったとは言っていいかな。

 

今回は、一昨年このレースを完漕している友人の浜地くんが、

伴走船に乗りエネルギーや水分の補給などをする

サポート役を引き受けてくれて現地に同行してくれました。

それがあったので心強くてこれっぽっちも緊張も不安もなくレースに臨めました。

奄美大島からレースに参戦した白畑くん・清水くん、

そのふたりのサポート隊として日本から来ていた「ひとたび」ツアーの皆さんの存在も

リラックスをさせてもらえた大きな要因だったと思います。

 

4年前の2011年の参戦では白畑くんと僕の二人っきりでした。

ゴール後に白畑くんは極度の脱水と疲労で嘔吐を繰り返しまともに会話できない状態。

僕も疲労と意味不明な虚無感に襲われてしゃべることも億劫で。

いつまでもゴールそばのショッピングモールの駐車場に2人で呆然と座り込んでいました。

いまでは白畑くんとあの日の話を笑いながらしています。

あのポツンと二人で座り込んでいたときに去来した無力感は今でも忘れません。

ああいう、仲間の手助けを受けられない状況でも僕たちは完漕しました。

なので今回の恵まれた状況を思い返すと、当然力は湧いてきました。

2011年、いい経験だったということですね。

 

 

レースに出る選手は各自1艇の舟をチャーターして

安全管理や水分/栄養の補給のために自分の伴走をさせないといけないルールです。

約53kmも世界有数の荒れ場の海峡を渡るレースですが、

この決まりがあるので深刻な事故は過去39回でひとつもないそうです。

費用的には高額で正直大変ではありますが、

この制度のおかげで「Channel Of Bones」と異名がつくこの海峡を

思い切って漕ぎ進めるわけです。

その船に今回はレースの機微を知る友人がサポートとして乗ってくれる。

そして自分自身過去3回の経験でどんなサポートをして欲しいか分かっている。

サポートして欲しいことをお願いして実践してもらった結果、

過去3回のようにところどころ記憶がないということもありません。

サポートの有無でこんなにも違うのかと痛感しました。

(正確には初出場の時にも友人に伴走船に乗ってもらいましたが、

初めてだったので出来るだけ全部を自分で行いたくて、サポートはお願いしませんでした)

 

レース当日、その伴走船が僕の連絡ミスでスタート時間に会場に来ませんでした。

それをレースディレクターに伝え許可を得てあとの対応を浜地くんに委ね、

僕はスタートしました。 

これも浜地くんがいなければどうなっていたことか。。。

 

4度目の挑戦

レースのスタートは3段階に分かれていました。

8時30分にスタンドアップパドルのリレーとプローンパドルが、

9時30分に普通の速さの選手が、

10時30分にトップクラスの選手がスタートすることになっていました。

これで選手の実力の差によるゴール時間の大幅なズレをなくそうということです。

僕は過去成績が全て下位なので(笑)、9時30分のスタートでした。

トップクラスの選手たちより1時間早くスタートすると知った時、

心のなかで密かに「トップ選手より先にゴールしてやる」と野望を持ちました。

トップとのタイム差が1時間以内にゴールできたら先着できるわけです。

トップ選手はだいたい3時間半のタイムです。

僕が4時間半でゴールできれば、もしかしたら。。。

それに向けて終始強い心で漕ぎ切る、それが目標でした。

 

レーススタート

スタート時の風は北東。

目指す島に向かう選手からすると右斜め後ろから吹いてきました。

風速8mといった感じだったかな。

海峡のうねりは北北東。右斜め後ろというか右斜め横から向かってきました。

スタートしてすぐにスキーのラダー(舵)の調整が微妙にズレていることに気づきました。

まっすぐにラダーを合わせているはずなのに若干、右に右に進みました。

今回使用したサーフスキーはレンタルしました。

前日に初めて乗ったのですが、ラダーの調整が構造上繊細に設定できませんでした。

ある程度設定したあとで練習したのですが、ここで僕はミスをしました。

スキーの乗り心地やうねりに対する反応を見ることに気を取られ、

ラダーの反応を詳細に確認し、拘らなかったんです。

明確に目標物を定めて漕がなかったのでこの微妙なズレに気づきませんでした。

でも左に若干ラダーを切るように足を動かせば何とか操作できたので

あまり気にせずどんどん漕ぎ進みました。

スタートから1時間くらいまでは一緒にスタートした選手の中でも前のほうにいました。

しかしそのうち他の選手は海峡のうねりに乗って

どんどん進行方向から見て左に進み始めます。

波に乗って加速し南に膨らみながらオアフ島を目指すルートです。

南に膨らみ過ぎるとオアフ島に近づいたときに

右横からの風とうねりの中を、疲れた体で漕がなくてはならなくなる可能性があります。

後半にバランスの悪くなるザワついた海面を漕ぐ可能性が高いということです。

しかしうねりを長時間利用できたとしたら大幅なタイムアップも見込めます。

逆に前半はうねりと風を多少右横ぎみにうけながら進行方向右側である北に膨らんで

海峡中盤あたりから左に進路を取ってうねりと風を利用して加速するルートもあります。

”海峡にブイを打つわけでもなく、どういうラインで進んでもいいからゴールすればいい”

そんなレースなので、潮の流れ・風の向き・風が起こす風波などをうまく読んで利用する、

それもこのレースの醍醐味です。

過去3回の経験では、スタートの時点で目指すオアフ島が見えない年もありました。

僕は今回、南にも北にも膨らまず島を一直線に目指すルートを選択しました。

30分くらいすると他の選手が全員左に進み始めました。

僕だけが右に進んでいるように感じました。

なのでラダーの不具合で北に膨らんでしまっているのか、そんな不安がありました。

1回目のエネルギー補給であるスタート後1時間の時、

水中に飛び込んで僕のそばにエネルギーゼリーを届けてくれた浜地くんに聞くと、

僕はオアフ島にほぼ直線に進んでいて他の選手が全員南(左)に向かっているのでこのままでいい、と。

それを聞き自信を持って自分が思うラインを進むことに。

この頃には風速は10m近くなっていたと思います。

補給からしばらくすると右の手首から上腕~肩にかけて一本の糸が繋がったような

ちょっとした神経系の違和感が出て腕全体が痺れ始めました。

最初はその糸に弱い電流が流れているような感触の程度だったのでそのまま漕ぎ続けました。

しかし二度目のエネルギー補給の時間には電流の量が増えた実感が。

 

そのころの様子が次の動画です。

 

このあと、糸のようだった痛みのラインが紐になり針金になり、と、

どんどん太くなっていきました。

痛みが無視できないレベルになり漕いでは手を止め、という回数が増えました。

今回、うねりに乗って進み力まずに進むということを意識していました。

それがここで悪い方向に作用しました。

しっかりうねりに乗ってスピードを保てる、うねりの中でのスキーの位置があります。

そこにいられる時は漕ぐ手を止めてもうねりが押してくれるのでスピードは落ちません。

その手を止める時間に力を温存したり安定した呼吸で回復を促したり、

そういうことをするつもりでした。

スピードを保てるうねりの中の位置にスキーの船体を合わせられていないのに、

そこに至る前に手を止めてしまうことを繰り返してしまったんです。

そうなるとうねりに取り残された瞬間はスキーは大きく減速、または停止します。

僕らはそれを「ノーズアップする」という表現を使います。

(うねりに置いてきぼりになると、スキーの前部がうねりの背に乗ってしまい、

進行方向に対して上を向いてしまい、さらに減速することを指します)

 

「ノーズアップ」、減速を繰り返す悪いパターンなんです。

これが3時間過ぎまで続きました。

腹筋や腿、尻も攣り始めて、沈(転覆)も数回しました。

45分おきにエネルギー補給で水中に飛び込んでくれる浜地くんに、

「腕が痛い、腹筋も腿も尻も痛い」と僕は痛いイタイと駄々っ子のように彼に連呼しました。

そのたびに彼は僕に向かって親指を立ててサムズアップを。

それを見ると元気が盛り返し、また漕ぎ始められました。

ゴール後、彼は「リタイアするんじゃないかと思った」と言っていました。

本人は痛いイタイとは言いましたが棄権する気はちっともありませんでしたが、

それくらい弱音を吐いていたということですね。

 

身体の異変が早かったので、後半で摂ろうと思っていた内田くんからもらったアミノ酸、

刈屋さんからもらった後半用のゼリーを早めに摂りたいと浜地くんにリクエスト。

それが効いたのか、オアフ島がだいぶ大きく見えるようになって安心したからなのか、

ポートロックという目標の場所まであと11kmと言われたところから、

ここから頑張れば、中盤のロスを加味したとしても5時間を切れるかもしれないと思い、

痛みはあるにせよ漕ぐ手のピッチが元の早さに戻せるようになりました。

ここからが過去3回の自分を超える闘い

過去3回、ココヘッド~ハナウマベイのあたりで逆潮に嵌まり大きくタイムロスをしました。

幾ら漕いでもまったく前に進まない年もあったんです。

それなのでポートロックに直角にアプローチしたかったのですが、

途中からラダーの調整がうまくいかず若干右、右という風に進んでしまいました。

そうやって若干北側に膨らんだことでココヘッド横に辿りつきました。

ここではやっぱり前後左右からうねりが来ました。

でも伊豆でそういう状況の中で、うしろからのうねりを選んで加速する練習をしていたので、

過去3回とは違い、なんとか後ろからのうねりを選んでうねりを捉えながら進めました。

とはいえ、うねりに乗っても前からの潮で押し返されしっかりとサーフィンできず、

思ったほどに進んでいませんでしたが。

 

いよいよポートロックというところまで来たら、ラダーの調整がより難しくなりました。

左に進むように大き目にペダルを踏んでいてもどんどん島に寄って行ってしまうんです。

あんまり島に近づくと岸壁に打ち付けた波の反射(返し波)でバランスが難しくて

僕には危ないんじゃないかと考えていました。

しかし近づいてしまうので、

東伊豆でこれを想定してトモロ岬・黒根岬・稲取岬ギリギリを攻めたことを思い出して

覚悟を決めてそのまま突っ込んでいきました。

 

ハナウマベイあたりまではやはりうねりに乗っても

前からの逆潮で帳消しにされて進んでいない実感がありましたが、

この場所では途中から岸壁からの返し波に押してもらっていることに気づきました。

モロカイチャレンジに都合30回以上出場している荒木汰久治選手から聞いていた通りでした。

ラダー不具合のおかげでそれを身を以て知ることができました。

あと、伊豆で感じたことがここでも似たようなものだとも。

 

この時には意欲も盛り上がっていて、

「次はチャイナ・ウォールの波に乗るぞ」と決意しました。

チャイナ・ウォールの波に乗ることも今回の目標のひとつでした。

セットの波はやはり大きかったのでやり過ごしました。

次にきた大き目の波を捉えて結構な距離をサーフィンして一気に進みました。

しかし次の波をうまく捉えられずにいるうちにうしろで大きな波が崩れ

そのスープにうまく合わせることができず呑まれて沈(転覆)してしまいました。

ここでは次から次へスープが寄せてくるのでなかなか再乗艇できませんでした。

波が崩れる場所なので伴走船は近づけません。浜地くんのヘルプも望めません。

そうなることも打ち合わせで話していたので分かっていました。

サーフスキーが下手過ぎてこれまで星の数ほども沈してきた僕はいろんな経験をしています。

それを思い返しました。

再乗艇できずに5分くらい経ったころでしょうか、

スキーごとスープに流されて水面が落ち着いたところに移動することを思い立ち実行。

多少水面が落ち着いた位置に移動できて再乗艇。

結果ここで10分くらいロスしたと思います。

波に乗って稼いだ貯金以上の時間を吐き出してしまいました。

そこからは岸のすぐそばのほぼ平坦な水面をラストスパート。

 

4度目のゴール
リタイアの危機から復帰して無事ゴール

ゴール地点では「ひとたび」のみなさんが迎えてくれました。

日本語の応援がゴールから聞こえたのは初めてなのですごくうれしかったです。

しかしたくさんのスキーがゴール地点の芝の上にあり、

たくさんの選手がいるのを見て、

手元の時計で5時間半近かったのは分かっていましたが、

僕の野望は達成できなかったんだと痛感しました。

しばらくして僕の1時間あとにスタートした白畑くん・清水くんもゴール。

三人で口々にその時に頭に思い浮かんでいた気持ちを語り合いました。

共通していたのは、「サポートしてくれる人がいたから気持ちよくゴールできた」こと。

みなさん本当にありがとう!

 

コース取り
海峡を渡った軌跡です

もう一回

今回はレース中のことをほとんど覚えています。

どこが、なにがダメだったのか、足りなかったのか、よく分かりました。

そして「終始強い心で漕ぎ切る」という目標が達成できていないので、

また来年のこのレースに出ることを決めました。

練習するだけじゃない、仕事や費用など他の条件もありますが、

それをひっくるめてのこのレースだということは4回参加して分かっています。

それでもまたあそこに戻ります。

野生の風にみたいに強い心を携えて。

 

 

今回は僕が不甲斐なくて叫べなかった言葉があります。

来年こそは、やりきって大きな声で叫んでみせます。

それまで一年間、そばで付き合ってくれよな、おい。