L-SHIPに辿り着くまで(その2)

良い縁に恵まれた


*前回まで「L-SHIPにたどり着くまで(その1)」 *

 

29歳の秋、地場の不動産会社に再就職しました。

 その会社は社長と事務員の2人で営む会社でした。建売住宅の分譲やマンション分譲を正業とする不動産開発業者(ディベロッパー)に向けた事業用地(まとまった広さの土地)の仲介や、そのような事業用地に見合うような土地の買収交渉、分譲用の宅地造成やマンションなどの事業の企画などを手がけていました。
 僕が面接を受けた当時のその会社は、不動産開発業者に事業用地を納めるばかりでなく、自社で小・中規模の建売住宅や住宅用地の分譲事業を行なうことになっていました。
そうなると実務面を社長一人でこなすには雑務も含めると仕事量が増えるので社員を募集しようということでした。僕がそこに応募したというわけです。僕の前職での経験が活かせると思われたようで、熱心に誘って頂きました。

 消防士を目指して過ごした2年強のあいだ、派遣社員での決して多くない給料と貯金を切り崩しながら生活していた反動から、歩合で稼げる分野に進もうかと考えていてそのような会社から内定をもらっていました。しかしこの社長との面接で聞いた、求められる役割に惹かれて、こちらにお世話になることにしました。いま思い起こすと、これはとても良い縁でした。

一連の業務に携わることが出来た


 その会社の社長は不動産開発業者向けの事業用地の買収交渉に経験豊富な方でした。叩き上げ上げの社長の個性から成り立つ交渉術などはなかなか真似したり身につけたりすることはできませんでしたが、一緒に仕事をこなすうちに学ぶことは多かったです。社長から教わったことで今でも心掛けることがあります。「売る方もお客様、買う方もお客様」という言葉。おもねるのではなく、驕るのでもなく、真摯に向き合うこと。いつも自分に言い聞かせながら仕事に臨んでいました。これを教えてもらってとても感謝しています。

 そのような交渉ばかりでなく自社分譲の建売や、宅地分譲の企画・現場管理・販売などの業務を行ないました。
 その会社で施行したのは小中規模の分譲事業なので、用地の買収から造成、建物企画、許可取得、工事現場管理から、実際にそこに住む方への売却の契約、そしてアフターサービスなどにも携わりました。

 そう、前職のゼネコン時代には担えなかった、住宅が生まれるところから人が住むまでの一連の業務に全て関わることができたんです。

 そのように以前得られなかった達成感を得ながら仕事をするうちに必要を感じて資格受験の夜間学校に通って2級建築士の資格を取りました。
 時には宅地造成の段階で近隣の方から反対をされることもありました。それでも折衷案を提案して納得してもらうように開発計画を変更したり、良い提案ができないときは、ご理解を頂けるまでひたすら説明とお願いをして承知して頂いたり、
それは前職のときと変わらずハードでした。

 しかし今度は「そこに住むお客さんの笑顔」をリアルにイメージできましたし、実際にそのあとにはそこに住む方々と会える立場であったので、根気強く取り組むことができました。

 その甲斐があってか、どの現場も工事が始まるまで揉めたままでいることはありませんでした。なかには当初は計画に反対をされていた方に最終的に好意を持ってもらえたこともあり、ご自宅に何度か食事に招待して頂いたりもしました。

 小中規模なりに某社のCMのキャッチコピーのように「地図に残る仕事」にも携わることができました。母校のそばの山の斜面の林に、マンションが建ち一戸建てが20棟近く建ったこと。ゼネコン時代のように60世帯以上の新築マンションの近隣対策を担当したこと。田園調布など高級住宅エリアでの自社分譲も行なえたこと。

 そういうことすべてに達成感が大きくてやりがいを感じて仕事に打ち込んでいました。前職のゼネコン時代に得られなかったものがここで得られました。

 

 

 不動産業界も好不況の影響を大きく受けます。諸々の事情が重なって、「いまだ!」と思い立って、会社を設立しました。

*** つづく ***